翠緑のエクリ

神奈川県在中。主な関心は哲学、倫理です。

読書会を始めるにあたり_読書・知性・検索

前段

先月より,友人と読書会を始めるに至った.月に1度ペースで,主に岩波文庫の古典を読み合い,オンラインでお互いの感想を述べ合っている.

読書会は大学生の頃,ゼミの仲間と盛んに行っていた.
自分とは違う視点からの意見や疑問を投げかけてもらえるというのは,非常に有意義で楽しい時間だ.ウクライナなど紛争地域で避難している人たちの事を思えば,こうした取り組みに時間を割けるというのはそれだけで幸福なことでもある.

読書会をするにあたり,どのような問題意識に基づいて始めたかを以下に記す.

知識にアクセスするための障壁

全国大学生協連の調査によれば,2021年の大学生の読書時間について,1日の読書時間「0分」の回答が50.5%であったという.前年度より3.3%増加し,過去10年間で見ると2017年に次いでワースト2位となる(1).

上記によれば日本人の読書時間の平均は減少傾向にあるようだ.読書をする層としない層に二極化している可能性と示唆されている.私たちはなぜ読書の時間を減らしつつあるのだろうか.

読書の目的は様々であるが,その一つには自分の知らない必要な知識を得るという側面があるだろう.
その意味においては,インターネットとスマートフォンは,私たちが知識を調べる手段と効率性において,革命的な変化を起こした.
専門家の意見を調べるために図書館にいく必要は無くなり,論文のデータはネットから検索することが可能となった.

自分が調べたいものが何なのかをはっきりと理解していない場合,私たちは断片的なキーワードや,書籍のカテゴリなど周辺的な情報を基に,少しずつ目的の本に近づいて行く必要があった.
例えば図書館の司書に捜し物を尋ねたり,目録から同様のジャンルを当たったり,本屋の陳列の傾向等が手がかりになっていた.

しかし,Googleを始めとした検索エンジンの進歩により,私たちは自分の捜し物が何なのかを知る必要が無くなりつつある.サジェストには他のユーザーの統計を基に関連のキーワードが自動で表示されるし,自らの検索の傾向からおすすめの情報や商品,サービスが次々と紹介される(2).
自分の知らない知識に触れるための障壁は非常に小さくなった.
私たちは,自分が求めているものを探すために立ち止まって考えるのではなく,まずwebページと検索をかけるようになった.

情報の優先順位とアルゴリズム

こうした中,webページを検索アルゴリズムに合致した体裁に整えることで,意図的に検索エンジンの上位に表示されることを狙う「SEO」という単語が生まれた.
そこでは,「SEO対策」などで検索をかけてみれば,検索されやすいキーワードをタイトルや記事本文に一定回数以上使用したり,参照URLを付けたり,スマートフォンでの画面表示に最適化されたフォントやページ幅を採用する等によって,記事を検索上位にするためのテクニックがいくつも紹介されている.
これらは特に広告収入を狙うwebページ作成者を主要なターゲットとしているようだ.

情報の中身の正確性や創造性とは別のところで,情報の表示に優先順位がつけられることになった.結果として,SEO対策を十分に行ったものの内容の検証が明らかに不十分であったり,他の情報ソースのコピーアンドペーストと思しきwebページも大量に見受けられるようになった.

玉石混交の情報が生まれては消える中,自らが求めている情報に適切にたどり着くためのシステムも生まれた.
不要情報を不可視化するフィルタや,ユーザーの検索や閲覧履歴から情報の出現頻度をコントロールするトラッキング等の検索アルゴリズムは,AIによる自己学習を繰り返しながら,インターネットは必要な情報を必要な部分のみ,そして特定の層にとって公開したい情報に絞って,迅速に我々に提供してくれるようになった(3).

かつて図書館や目録を渡り歩いて知識を得ていた私たちは,その確かにその時間と労力からは解放された.時間と交通費をかけて本屋を巡る必要が無くなり,大学図書館など専門的施設を知らなくても論文やデータに当たることができる.一方で,自身が本当に望む情報にたどり着くために,こうした見えないアルゴリズムの迷路へ彷徨うこととなった.

現代の読書の意義

ここには二つの疑問がある.

一つは知識を得るための読書という手段は,果たしてその役割を終えてしまったのでは無いだろうかという疑問.

もう一つは,知識を得るために必要な労力が,「本を読み中身を理解するという行為」から,様々な検索手段とテクニックを通じて真実らしき情報へのルートを確保するという「ネットワークアクセス」の技術へ変化したのではないかという疑問である.

後者の問題は,webやデバイスを巡る技術の変化に伴い,そのメカニズムは益々複雑になっている.
なぜならば,インターネットにおける知識や情報の真実性は,情報を発した者の権威やエビデンスというよりも,情報を受け取るユーザー達との干渉によって高められるという,相互依存型の関係になっているからだ.それはSNSの流行によってますます顕著となったからだ.

相互依存型,真実を巡るゲーム

書籍が版を改めるのに早くて数年必要だったのに対し,webページは公開してから数分・数秒でも編集が可能である.加えて,電子情報は紙媒体に比べて匿名性が高い.とりわけSNSを見ていれば,情報は発信した者が責任を持つという考え方は後退し,まず公開し,問題が有ればその都度修正,炎上すれば取り下げるという,受け手の反応をフィードバックしてからの「後出し」が前提とされているように思える.

Twitterでは,ユーザーの反応が多いキーワードやタグが検索の上位に表示されるのはもちろん,ユーザーの利用傾向から関心を引きそうな話題がtweet間に告知される.

そのようにして注目されたtweetが話題の上位として表示されることで,あたかも真実であるかのように振る舞い始める.真実は検証の結果発見されるものではなく,どれだけ多数のユーザーからリツイートされ参照されたかによって「作り出される」ものとなる.

Amazonを初めとした一部のECサイトでは,検索システムが曖昧に設定されており,不必要な情報にフィルタをかけることが難しくなっている.その代わりに,検索結果に近いと判断された別の商品や,検索したユーザーが次に閲覧した商品などがおすすめとして表示されることで,サイト内での回遊率を上げる工夫が随所に見られる.
回遊すれば自分が欲しかったものや望んでいた(かもしれない)商品が次第に実体化されていく.そしてその情報が他のユーザーの回遊と企業の売り上げのため再利用されていく.

私たち自身が検索や記事の出現頻度に関与すると同時に,その背後には企業による情報収集と行動監視という監視社会のリスクも潜在している(4).
あふれる情報の洪水の中,それらの情報の真実性や,そこに隠れる監視リスクを検証しようにも,情報の変化が早すぎて,それら全てを立ち止まって検証する時間は,私たちには与えられていない.

インターネットの利用によって,確かにより多くの人々が,より多くの知識に触れられるようになった.
その一方で,私たちは名前の知らない何者かの知識やメッセージ,検索結果を巡り,それをより確からしくするという別のゲームに参加させられることにもなった.
そのゲームのルールは,見えないアルゴリズムによって構築され,AIによる自動学習で今も進化を続けている.

知識と情報を取り巻くこれらの変化は,私たちに古典的かつ重要な問いを想起させる.
すなわち,私たちは本当に自由になったのか?私たちにとっての自由とは何か?という問いである.

テクノロジーにはもちろん両面ある.医療や福祉へのアクセスによって命を救われた人もいるだろう.SNSによって自殺や自傷を思いとどまることができた人もいるだろう.

webテクノロジーとの共存と読書

問題は,私たちの生活世界からネットとの関わりを取り除くには,もはや不可能であろう点である.知識,労働,結婚,医療,福祉,娯楽,政治,インフラ,防災……私たちの生活のほとんどは,すでにネットを前提としたものばかりだ.
ネガティブとポジティブが如何なるものであれ,私たちはこのテクノロジーと付き合い,共に生きて行かねばならない.

その為には,利便性や速度の陰で縮減されつつあるもの,伝統的な行為や文化,知性の在り方や考え方が,時代の変化の中で本当に淘汰されてよい存在であるのかを立ち止まって検証する必要がある.それが,私たちの自由にとってどのような意味を持つのかを考え,必要であれば形を変えて未来につないでいく必要があるだろう.
私にとって読書,そしてそれを語る行為は,そうやって未来につないでいくべき遺産であると思っている.

このような問題意識をどこまで追求できるかは分からないが,私たちの行う読書会が,その為のわずかな一助となることを願って始めた次第である.

記念すべき第1回は,ショーペンハウアーの「読書について」を読むことになった.次回はその感想を記せたらと思う.


(1)全国大学生協連."第57回学生生活実態調査 概要報告".https://www.univcoop.or.jp/press/life/report.html

(2)GIGAZIN."初代Googleのアルゴリズム解説",https://gigazine.net/news/20060411_google/

(3)総務省."インターネット上での情報流通の特徴と言われているもの",https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd114210.html


(4)サイバーセキュリティ総研,"InstagramやFacebook、TikTok iOSアプリ内ブラウザでユーザー追跡が可能".https://cybersecurity-info.com/column/instagram%E3%82%84facebook%E3%80%81tiktok%E3%80%80ios%E3%82%A2%E3%83%97%E3%83%AA%E5%86%85%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%B6%E3%81%A7%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BC%E8%BF%BD%E8%B7%A1%E3%81%8C/