翠緑のエクリ

神奈川県在中。主な関心は哲学、倫理です。

【感想】ワールドトリガー-弱きものはヒーロー足り得るか

※この記事は一部作中のネタバレを含みます

 

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週刊少年ジャンプの連載の「ワールドトリガー」が連載再開することが発表されました。

https://www.shonenjump.com/p/sp/1810/worldtrigger/

 

2013年より連載開始した本作は、作者の体調不良を理由に2016年より休載。
一説には、アニメ化に伴う仕事量の増大などから、作者の葦原大介が「頚椎症性神経根症」を悪化させたとの噂もあり、連載再開はもはや叶わないのではないかという懸念もありました。

 

作者の体調への配慮なのか、連載再開後一定期間は週刊少年ジャンプで連載し、その後月刊誌へ移籍することも発表されています。

 

週刊連載という仕事は非常に過酷な仕事のようです。
2018年1月には、漫画家アシスタントが過去2年4か月の不払い残業代を請求したことがニュースにもなりました。
https://www.j-cast.com/2018/01/18319025.html?p=all


残業代を請求された漫画家が業界の「働き方改革」実践を自ら標榜していたことや、不払い分を請求したアシスタントに対し、著名漫画家が「そもそも漫画家なんてまともな仕事じゃないんだから嫌なら就職しなさい」とツイートし”炎上”したことなど、業界の特異性も様々な形で明るみに出ています。

 

ワールドトリガーの一ファンとして、連載再開を喜ぶと共に、漫画家が体を大切に働くことのできる環境が実現することを、強く願っています。

 

「ヒーロー」と「成長」、少年漫画の王道

さて、「少年漫画」と呼ばれる分野にはいくつかの王道的テーマがあります。

その一つは「ヒーロー」を描くことです。


ジャンプにおける「ヒーロー」像を最も象徴するキャラクターとしては、例えば北斗の拳のケンシロウ、ワンピースのルフィ等の系譜が挙げられます。様々な能力や才能を駆使し、自分より大きな力や困難に立ち向かい、敵を倒すというキャラクター達です。

 

もう一つの大きなテーマは主人公たちの「成長」です。最も劇的に描いた作品としては「SLUMDUNK」の主人公、桜木花道が挙げられるでしょう。バスケットボール初心者である花道が、インターハイで全国レベルのプレイヤーたちと互角に近い試合をするまでに要した作中時間は、およそ3~4か月。驚異的な成長が、物語を動かす一つの原動力になっています。

 

80年代、90年代など時代に併せてニュアンスは違えど、「ヒーロー」と「成長」は様々に変奏され繰り返されてきました。

 

一方、本作の主人公「三雲 修」は、非常に能力が低く、また成長の余地もほとんどないであろうことが繰り返し明言されています。

 

仲間との実力差を埋めるために時間をかけた「修行」をするものの、編み出した戦法が初回で失敗することもほとんで、直接的に実を結ぶことはまずありません。


自身を助けてくれた人物に憧れ同じ組織への入隊を目指すものの、試験に失敗、後方支援としての事務職を勧められるほどです。

 

特殊な才能や個性・成長の余地に恵まれなかった主人公は、ヒーロー足りえるのか。

 

本作は、2000年代以降のヒーロー像とテーマに対し、綿密な舞台装置と緻密な構成で挑戦した、少年誌において極めて貴重な漫画です。

 

ワールドトリガーの舞台

本作の最大の魅力であるヒーロー像を明らかにするには、作中の舞台背景や装置について触れる必要があります。
少し時間をかけて回り道をしたいと思います。

 

ワールドトリガーのあらすじ
ある時、主人公の「三雲 修」(みくも おさむ)が住む三門市に、「近界民(ネイバー)」と呼ばれる異界の生物が突如侵略を開始する。

近界民は、空間に穴を開けて転移する特殊な移動手段「門(ゲート)」を使用する上、地球上の通常兵器では歯が立たず、三門市の人間が多数捕獲されてしまう。

そんな中、界境防衛機関「ボーダー」と呼ばれる特殊部隊が近界民を迎撃。ボーダーは、過去に遭遇した近界民の情報を水面下で研究し、近界民の技術を利用した兵器「トリガー」で闘う、対近界民のスペシャリストであった。

以来、近界民が三門市へたびたびの侵攻を仕掛けるものの、ボーダーの活躍により町は平穏を取り戻していく。

「第一次近界民侵攻」と呼ばれるこの事件から4年後、三門市へ転入してきた少年「空閑 遊真」(くが ゆうま)と三雲修が出会いから物語の幕が上がる。

 

異界からの侵略者、対侵略者用特殊兵器など、SFを連想させるモチーフを見ることができます。正体不明の異界生物による目的不明の攻撃、街の破壊、人間の捕獲など、殺伐とした舞台背景に加え、幾何学的なモチーフが取り入れられた衣装や装備のデザイン等、同時期に連載されていたジャンプ作品の中でも異彩な雰囲気を放っています。

 

舞台装置の巧みさ、SF的残酷さに対する配慮

ワールドトリガーの優れた点の一つは、上記の様なSF的設定の複雑さ・残酷さを、少年漫画として絶妙にアレンジしている所です。

 

その役割を最もよく果たしている要素に「トリオン」という設定があります。

トリオンとは近界民や人間が持つ「生体エネルギー」で、トリオン器官という見えない内臓から生成されるものと説明されています。近界民はトリオンを、兵器や移動装置の動力源として、はては建築物の材料にするなど、あらゆる分野に応用しています。

 

ボーダーはこの技術を研究することで、対異界用の兵器「トリガー」を作るなど発展に役立てています。

 

トリオンの量には個人差があり、その多寡に応じて使用するトリガーの威力が大きく変化します。しかし、トリオン器官の成長は20歳前後で停止してしまうため、ボーダーの戦闘部隊の主力はほとんどが少年・少女で構成されています。

 

これは、作中の主要登場人物の多くが10代の若者である少年漫画の「お約束」を、読者に納得させるための優れた作中設定といえます。

 

また、 人間がボーダーとして近界民と闘う際は、自らの身体を「トリオン体」というトリオンでできた体に換装します。そのおかげで、通常時より大きな力を発揮したり、戦闘で大きな怪我を負っても、体は無事なままです。

 

そのため、近界民という侵略者たちとの戦いで、子どもたちが怪我を負ってしまうという、舞台上で避けることのできない残酷描写を抑制することにつながります。また、トリオン体という仮想の身体を使うことで、ボーダー隊員は後述する「ランク戦」という模擬戦闘で十分にトレーニングを積むことができます。

 

設定上、時に残酷で生々しい表現が不可欠な本作において、この設定は非常に巧みな配慮であると言えます。

 

「強さ」の多様性

一方、戦闘で破壊されたトリオン体を修復するには、元々のトリオン量の多い人間ほど、多くのトリオンと時間が必要となります。逆にトリオン量の低い隊員なら、1~2時間ほどで戦闘に復帰できるとされています。

 

先述したように、トリオンの量は戦闘能力へ大きく影響するため、強いボーダー隊員ほど戦闘から脱落するリスクが高いことになります。

 

そのため、ボーダーと近界民との闘いは、互いの敵を殲滅することではなく、「対抗勢力の戦闘継続能力をいかにして奪うか」が目標となります。

 

近界民の侵略者がボーダーの隊員の誰よりも強力であったとしても、正面から闘う必要は無く、足止めをしたり遠くへ隔離したり等、時間を稼ぐ戦術もとられています。

 

トリオン量が高くない隊員には、こうした囮や情報戦に優れた者もおり、むしろ自分が撃墜されることで作戦目標を達成させるなど、バリエーションに富んだ戦術を見ることができます。

 

トリオンと同様に、作中の戦闘を多様にするもう一つの要素が「トリガー」です。

トリガーは、トリオンを実体化させたり性質を変えるためのするための道具です。ボーダーは、トリガーを小さなチップ状に加工し、トリガーホルダーに収納して利用します。

 

一つのホルダーには4つまでチップを収納可能であり、各隊員は2つのホルダーを保持しています。したがって、隊員が一度に使うことのできるトリガーには、最大8種類という制限があります。各トリガーには、例えば「使用すると肉眼では見えなくなるが、攻撃用のトリガーが使用できなくなる」など長所と欠点があります。

そのため各隊員は、自分の得意な武器や戦術、一緒に行動する仲間との連携を踏まえた組み合わせを、日夜試行錯誤しています。

 

三門市へ進行してきた近界民の中には、破壊力や射程距離、物量等の面で、ボーダーよりはるかに優れたトリガーを使用する者もいます。それらに対しボーダーは、トリガーの組み合わせや、チーム編成等の戦術と工夫で対抗しており、単純な物量や単体での強さだけでは勝ち負けが決まらない面白さがあります。

 

このようにワールドトリガーの世界では、「強さ」の在り方は非常に多様であり、知恵や作戦、仲間との連携や、事前の準備が非常に大切にされています。

 

チームスポーツとしての青春物語

このような強さを表す手段として、作中では「ランク戦」が盛んに行われています。
トリオンにより作られた仮想の身体と空間を使い、隊員同士が模擬戦を行うシステムです。

 

ランク戦には個人の部とチームの部があり、ポイントや勝敗数に応じて1から順番に格付けされます。

 

面白いのは、個人戦では成績上位者であっても、チーム戦では思うように活躍できず、下位ランクにいることがままあることです。そして、その逆に個人の実力が低いにも関わらず、事情により最上位チームに所属している者もいます。

 

彼らは、チーム戦での戦いと反省を通して、仲間との連携やコミュニケーションを見直しながら、次の試合に向けて動き出します。引退を考える仲間との限りある試合をより良くしようとするチーム、スランプのエースに反省をうながすため敢えて敗北を受け入れるチーム、あくまで個々の力と作戦に拘るチームなど、その在り方は様々です。

 

それぞれのやり方で、精神的に成長していく少年少女の物語がそこにはあります。ここおいて本作は、あたかもチームスポーツや部活動の青春の様相を煌めかせます。ランク付けという過酷な現実の中で、彼らは非常に暖かな人間関係を築いています。

 

SF的バトル漫画と部活動青春漫画という一見相反する物語を両立させているのは、トリオンやランク戦といった舞台装置の巧みな配置によるものあり、綿密な舞台構成は見事という他ありません。

 

 玉狛第2というチーム

主人公「三雲 修」が率いるチーム「玉狛第2」は、遊真、修の幼馴染である雨取千佳に、 オペレーターの宇佐美栞を加えた4人のチームとして出発します。

メンバーのうち、最も戦闘能力が高いのが遊真で、トリオン能力、戦闘経験、知識等はボーダーのトップクラスとも遜色ないと評されるほどです。

 

千佳は最年少で、ボーダーとしての歴が浅いものの、一般人より遥かに強大なトリオン量を持っている通称「玉狛のトリオン怪獣(モンスター)」。訓練用の銃でボーダー本部訓練室の外壁に巨大な穴を開けてしまうなど、派手な活躍を見せます。しかし、人を狙って撃つことができないという心理的な弱点があり、特にランク戦では自分で得点をあげることが、現状ほとんどできません。

 

修は、強い責任感と真面目で仲間思いの性格から玉狛第2のリーダーを務めますが、本人の持つトリオン量が著しく低く、作中で最低クラスと評されています。ボーダー個人総合順位3位の風間との模擬戦で24連敗するなど、個人の戦闘能力は致命的です。

 

総合的に優れたエース遊真と、火力一点特化の千佳、最弱の主人公修玉狛第2。彼らはある目的のため、ランク戦の上位グループであるA級に達しなければなりません。

 

これがワールドトリガーという物語の、一つの大きな本筋となります。

(続きます)